叶う夢だから心に宿る❤

私の生きるテーマのひとつは「人は何のために生きるのか」です。

 

皆さまはどう思われますか?

 

そもそも生きることはツラいこと?

それとも楽しみでいっぱい?

どちらでもない、両方あるよ!

いや、いいことがあると悪いことが起こる、悪いことの次にはいいことが起こる、繰り返しだよ!

 

などなどのとらえ方があるかと思います。

 

私自身は、いやいや大変なことがいっぱいありましたぁ‼‼

 

でも明るいんですね、私。

 

希望があるからなんですね。

 

そして自分を超えた存在(宇宙・天・神さま・天使)を信じているから強いんだと思います。

特に宗教はありません。

宗教を否定しているわけではないのですが、すべてのものに霊性(神秘)を感じて感謝することで満たされていることで良しとしているのです。

 

さて、今日のサロンのお客様の言葉に私はとても心をうたれました。

 

そのお客様、美容にも関心のある美しくてお若いママでしたが、夢をお聞きしたら、なんと!

「地元の秋田の発展ために何かできることをしたい💛」というお答えでした。

 

ご自分の相談に見えた方から出る言葉としてはスケールが大きくて感心してしまったのですが、

その方の心に浮かんできたということは既に心にその種がある!ということなんですね。

 

今日のタイトル「叶う夢だから心に宿る」はレイキや宝地図で名高い望月俊孝先生の言葉です。

 

そして、本当にその通りだなぁと思うのです。

 

私ごとですが、私は電車に間に合わなさそうな時に仕方なく走るけれど、基本的に走るのが得意ではないと思っています。

そんな私に「マラソンランナーのなりたい♡」などという夢は起こりません。

 

絵を見るのは好きだけれど、絵を描くセンスがあるとは思えない私。

そんな私に「絵描きさんになりたい♡」という夢も起こりはしません。

 

何かをやりたいと思うとき、それはあなたの心がそれを欲しているからだと言えるのです。

そして本当に欲しているとき、それはあなたがその世界に生きることがあなたの幸せにつながると魂が感じている場合が多いのです。

 

ここで質問が起こりますね。

 

「でも、なりたいからと言って、みんなそれになれるわけじゃありませんよね?」

野球の選手になりたい人がみんな野球の選手になれるわけではありません。

オリンピックに出たいといってもみんなが出られるわけでもありません。

 

でも、本当に本当に好きな世界なら、好きなことに関わっていけること自体が幸せであると思うのです。

例えば、自分は野球の選手にはならなくても、選手を応援する人になれたらそれでもよい、とか。

また選手の応援の仕方としては、トレーナーというかかわり方もあれば、選手の栄養管理をするお仕事だってありますね。

整体師として体のメンテナンスをするお仕事もあれば、サポーターとしてチームや選手を応援することだって一種のかかわり方です。

 

一方で、得意ではあるけれども、その道に進めない場合や途中であきらめなければならないこともあります。

それはね、今回の人生ではほかの学びもしなさい!ということサインかもしれないんです。

「もうそのことは十分学んだね、そろそろ違う学びもしなさい」という場合は敢えてその道に進めないということもどうやら起こるようです。

 

野球の選手になって活躍もできたけれども、故障者リストに入って選手を続けられなくなってしまった、なんて場合。

その世界で最高のタイトルを取ったけれども引退をする場合。

最近は吉田沙保里選手が引退宣言をされましたね。

 

故障してやめざるを得ない場合も、自分で引退をする場合も、どちらも実は同じことだったりします。

つまりは「十分頑張ったから、もう違う世界に行って他の学びをしなさい」という可能性が高いのです。

 

無理にしがみつかない、ということを教えられてるのかもしれません。

 

柔軟である、ということを学ぶチャンスかもしれません。

 

そして、この人生において、夢は一つである必要はありません。

途中で変わったっていいんです。

 

また同時にふたつの夢を持ったってそれも悪くありません。

 

できるから心に宿るのです。

 

叶う夢だから心に宿る❤

 

本日もおつきあいいただきましてありがとうございました。