問題児

今日3月3日は、講師をしている高校の卒業式。落ち着いた雰囲気であっさりと式は終わりましたが、最後に卒業生が去って行く時に担任の先生方と交流する場面は感動的でした。

渋谷にある進学校から今の女子校に来て、はや5年。私が移って来たのと入れ替わりに卒業していった生徒の中に、世界をまたにかける人気タレントが誕生したせいか、生徒たちの自己価値もずいぶん高まり、今年の倍率は都内女子高校としては最も高かったと聞いています。

生徒の自己価値の高まりは、価値観の多様性ということがあると思います。

学習面でのものさしでは「ありゃありゃ」な結果でも、クラブ活動となると思わぬチカラを発揮していると、自己価値はグーンと高くなって、卒業後もいろいろな面で活躍していたり、活躍する人を助ける役割を買ってでたりしているようです。

若い先生方が、それぞれの得意を生かして部活で結果を出していることも、生徒の自己価値を高めるのにひと役もふた役も果たしていると思います。ステキなことです。

それにしても、いわゆる「問題児」は少なくなりました。聞き分けがよいというか、目立ちたがらないというか、程よく馴染んでいこうという空気を感じます。

その分、楽にはなったものの、もっとぶつかりあってもいいのかなと思いますが、これは贅沢な悩みかもしれません。

 

さて我が家の三女。生まれてすぐに上にライバルがふたりもいたせいか、もともとの気質なのか、私の思いこみだったのか、「普通」にはしてくれない子でした。

幼稚園のお迎えバスに乗り込むときに大泣きするわ、スーパーでは「買ってくれるまで動かない作戦」をとるわ、おじちゃんの結婚式のクライマックスの花束贈呈シーンでシーンと静まりかえっている中、「おちっと~(おしっこ)」と大声出すわ、ともかく「人の目」を気にかけないスーパーマイペースの子でした。

小学校の給食でも、嫌いなものは「箸をつけない」ので、ベテランの先生(きわめてすばらしい方です)が「アレルギーなのかと思いました!」とおっしゃる程でした。

大学受験のときも「塾には行かない」と自分のペースでしたし、高三の担任の先生との面談(先生と保護者だけ)では、先生と私のふたりで「どういうんでしょうね~」と顔を見合わせて笑ってしまうくらい面白い子でした。

私も夫も、この子を褒めるときにはいつでも「本当は〇〇なのよねぇ」と、いつも枕詞のように「本当は」というのをつけていました。それくらい私の中で、この娘を「問題児」と思う意識が働いていたということです。

 

ここ2~3年、この娘が表参道や代官山あたりを歩いていると、美容師さんから「モデルになって」と声をかけられています。本人は「美容師さんに好かれるタイプなんじゃない?」とさらりと言っています。

表参道や代官山の美容師さんに髪の毛をアレンジされると、そのお店のホームページに使われたり、雑誌の紙面を飾ったりしています。先日は、撮影された写真が原宿のギャラリーで展示されているというので、新宿に用事があった帰りに寄ってみたら娘の写真がポストカードになっていて、びっくり仰天しました。

あの「問題児」の娘が、ある分野で人の役に立っていること、私の人生では経験できなかったことをさせてもらっていることはいかにも面白いことです。

 

そして、さらにはこんな面白いことも・・・

娘の髪の質は、超がつくほど柔らかく癖っ毛で、いわゆる「猫っ毛」です。

住まいの近隣の美容院に行っていた当時は「扱いにくい髪の毛」と、ため息をつかれていたそうなのです。

ところが、指導するくらいの力量を持っていたり、雑誌にとりあげられるくらいの腕を持つ美容師さんともなると正反対のことを言うらしいのです。

「いい髪質ですね~」

髪がやわらかいので手でアレンジできる、というのだそうです。

「癖」を生かして、斬新でオリジナリティのあるヘアスタイルができると捉えてくれるのだそうです。

 

「問題」とするか、反対に「面白い」とするかは、受け止める側の力量なのかなと、娘の話を聞いて思いました。

 

どうしても人と同じであることに安心したがるところ、自分の中にもあります。

三女のおかげで、人と違ってもいいんだよ、むしろ面白いよということに気づかされている私です。

 

本日もおつきあいいただきましてありがとうございました。