苦悩から歓喜へ

今日は夫の知り合いの方がとある楽団の団長を務めている関係で、オーケストラの演奏を聴きに出かけました。

場所は杉並公会堂。

ここは何故かご縁があって、このオーケストラの演奏のほか、お世話になったH美さんの合唱や友人のフルートの演奏会などで、数回は足を運んでいる会場です。

曲目は、ワーグナーの歌劇「リエンツィ」序曲、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18、そしてベートーヴェンの交響曲第5番ハ短調op.67「運命」でした。

「運命」こそ何度か聴いていますが、「リエンツィ」は曲名を耳にするのも初めて、ラフマニノフの方は全部通して聴くのは初めてでした。

 

さて、プログラム(トロンボーンの岡田秀樹氏の解説)によると、ワーグナーがローマの史実をもとに作った「リエンツィ」が完成するまでは、度重なる借金を踏み倒して夜逃げの日々を送っていたのだそうです。偉大な作曲家が、まさかの夜逃げ‼ 何故か急に親近感を覚えてしまいます。

また、「自ら巨匠と名乗ってもいた」ようで、何だか笑ってしまうようなおかしな人だったことを知りました。そんなだったにもかかわらず多くのファンを魅了したというのですから、とてもエネルギーを感じます。

そしてドレスデン国立歌劇場管弦楽団の指揮者として就任した際に、当時忘れられていたベートーヴェンの「第9」を指揮したのだそうです。今でこそ知らぬ人のいないと言ってもよい程の「第9」は、ワーグナーによってドラマチックによみがえったともいえるのかもしれません。

 

実は演奏が始まるぎりぎりに飛び込んだために、前の席しか空いてなくて、向かって右側の前から2列めというかぶりつきのような席で演奏を聴いたのでした。全体を見ることはかなわなかったのですが、すぐ目の前に、まるでバイオリンのような情熱的なチェロの演奏が繰り広げられたため、いつもの何倍も楽しむことができました。

 

2曲目のピアノ協奏曲の作者ラフマニノフは、やはりプログラム(バイオリンの武藤達氏の解説)によると、18歳でモスクワ音楽院ピアノ科というとことろを優秀な成績で卒業して作曲を始めたものの、交響曲第1番が記録的な大失敗に終わったそうなのです。そしてなんと神経衰弱となり、完全に自信喪失となってしまった、のだそうです。

へーえ、知らなかったぁ‼

けれども、精神科医の診察を受けた頃から創作意欲が回復して、今日演奏されたピアノ協奏曲第2番を作曲したということです。

こういうエピソードを知ると、曲に立体感が出てきて人間的な親しみを覚えるから不思議です。

そして、ソリストの海老彰子さんのピアノ演奏の見事さも加わって、是非また聴いてみたいと思わせる実に魅惑的な世界がそこにはありました。

前から2列めで、しかも向かって右側ですから、ピアニストの表情も指使いもまるで見えなかったのですが、スタインウェイのピアノの音色は豊かで柔らかく、また深みもあってとても耳に心地よいのでした。

アンコールには、耳に馴染みのあるフランツ・リストの「愛の夢」。タイトル通りの演奏にすっかり陶酔しました。

 

そして、最後に「運命」です。

ベートーヴェン38歳の時の曲なのだそうです。その頃時代は、ハプスブルグ家の衰退、フランス革命、ナポレオンの台頭と重なっていたとプログラム(ホルンの町田真哉氏の解説)にはあります。世界史を彩ることが次々に起こる、そんな時代を生きたこと自体が「運命」のような気がします。

「運命が力強く扉をたたく」音である「ジャジャジャジャーン!」に始まるこの曲の出だしはあまりに有名です。この激しく迫るようなこのメロディは、第4楽章で大きく変化します。暗黒から光明へ、そして苦悩から歓喜へと大きく展開されるのです。

人生の絶頂から、恋愛が破れたり、耳が聞こえなくなったりなどの苦悩から立ち直って、芸術的にも大きな転換をはかったというベートーヴェン。

自分の人生そのものを描くとき、最後は「喜び」で終わらせたところに、聴くものもまた救われるような気持になるのです。

実際に今日の演奏では、最後に天から光が降りそそいでいるかのようなしました。そして、このタロットカードの絵が浮かんできました。

このカードは、大天使ガブリエルがテンプル騎士団の旗のついたラッパを吹き鳴らして、それにより死者がよみがえることをあらわしています。

後ろに見える海は、タロットの一枚一枚の意味を教えて下さった浅野太志先生によると「潜在意識」なのだそうです。

 

深い悲しみを経験した人ほど、そのあとの喜びも味わい深く感じられるのかもしれないなとつくづく思った今日の演奏会でした。

それは、偉大な作曲家として知られるワーグナーは夜逃げしていた時期があり、ラフマニノフは神経衰弱となり、ベートーヴェンに至っては音楽家としては普通致命的である聴覚を失ったことがあった・・・そしてそれらを克服したという奇跡の物語を経験していることからもわかります。

 

とても長くなりました。

本日もおつきあいいただきましてありがとうございました。