クリスマスに聖書をひもといてみた

クリスマス、都会のケーキ屋さんは今日も列ができていました。

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我が家は毎年、丸ごとの鶏をオーブンで焼いてクリスマスを祝っていましたが、今年は既に家を出ている子のもとに子らは全員集合してパーティをしているもよう。

私は今日も身体の各部位をリーディングするお勉強。昨日は「骨」、今日は「内分泌系」のこと。シータの観点で身体を見ていくことは本当に面白く、わくわくの連続です。

帰ってきてからは、夫と義母と3人の静かな普通のお夕食。我が家のクリスマスはあさっての晩にみんなが揃ってやることに決まりました。

 

アメリカでは今日の日を「メリークリスマス!」とは言わなくなっているそうです。色々な人種に配慮して、「ハッピーホリデイズ!」というようになってきているとか。何だか住みづらい感じがしますね。

「神さまは一人、これ以外認めない」と考えると争いのもととなります。「唯一絶対」を信じる気持ちは純粋で美しいけれど、一方排他的にもなりがちです。

いっそのこと、日本みたいに「八百万の神」の存在を心のどこかに置いている方が「これじゃなきゃダメ!」という見方からは離れ、いい加減です。いい加減とは、「あやふや」と「良い加減」との両方の意味を持ちます。

そして実際に、この世に存在するのは、「神」と「子(イエス・キリスト)」と「聖霊」の3つだけではなく、もっとたくさんの目に見えない不思議なものがいるようです。

イエス様も優れた働きをする存在のひとりです。自分の命を犠牲にして、私たち人間の罪をあがなってくれたのだというのがキリスト教の考え方です。贖う(あがなう)とは引き換えにして下さったということです。

 

静かな静かなクリスマスの晩、久しぶりに聖書をひもといてみました。

マタイによる福音書。イエス・キリストの弟子(十二人いたそうです)のひとり。もとは収税人。

また、マタイは英語読みではマシュー〈Matthew)、赤毛のアンを引き取って育てたあのマシューはここから名付けられています。

 

そのマタイが「イエスの生きた証と功績」を書いたものが「マタイによる福音書」です。

 

イエスは、ヘロデ王の時代にユダヤのベツレヘムでお生まれになりました。イエスの誕生を占星術の学者たちが東の方からエルサレムに来て「ユダヤの王としてお生まれになった方はどこにおられますか?わたしたちは東方でその方の星を見たので、拝みにやって来たのです。」と尋ねます。

ヘロデは不安を抱きます。

そこでヘロデは占星術の学者たちをひそかに呼び寄せ、星の現れた時期を確かめます。そして「行って、その子のことを詳しく調べ、見つかったら知らせてくれ。わたしも行って拝もう。」と言って、ベツレヘムに送り込みます。

学者たちが出かけると、東方で見た星が先だって進み、ついに幼子のいる場所の上にとまります。

家に入ってみると、幼子は母マリアと共にいます。

彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金(おうごん)・乳香(にゅうこう)・没薬(もつやく)を贈り物として献げました。そして「ヘロデ王のところには帰るな」と夢のお告げがあったので、別の道を通ってそれぞれの国へ帰っていきました。

占星術の学者たちが帰っていくと、主の天使が夢でヨセフ(イエスの父)に「起きて、幼子とその母を連れてエジプトに逃げなさい。わたしが告げるまでそこにとどまっていなさい。ヘロデがこの子を探し出して殺そうとしている」と語り、言う通りにしました。

そしてヘロデが死ぬまでその地にとどまり、ヘロデが死ぬと「イスラエルに行きなさい」の命令通りにイスラエルに行くのでした。

 

 

こうやってイエス様は無事に天使に守られましたが、イエスが去ったあとのベツレヘムとその周辺は大混乱。ヘロデによる幼児の虐殺が繰り広げられたのです。イエス様の誕生と共に犠牲になった子どもたちは、後に「聖人」として祀られますが、悲しいことが起こったものです。

 

イエス様はたくさんの奇跡をおこない、たくさんの人々を迷いから救い出して下さったけれど、血なまぐさい事件からもまた逃れられない運命を持って生まれたのだなと思います。

 

なお、3人の学者(博士)が贈り物としたものについて

黄金とは、王位の象徴で「神への愛」をあらわすものだそうです。イエス様が、王であることでもあります。

乳香とは、樹液から作られた礼拝に使う高価な香料のことで「神への供物」を意味するそうです。イエス様自体が「神」とひとつであったことをあらわします。

さらに没薬とは、ミルラとも言って死者の身体に塗って死体を防腐する役をしたそうです。イエスが人の罪を背負って十字架につけられ、やがて復活することも意味すると言われています。

 

大きな役割を担ってこの世に生まれたイエス様。

そんなイエス様のことを、クリスマスケーキを口に運びながらちょこっと思いやってみてはいかがでしょうか。

本日もおつきあいいただきましてありがとうございました。